2011年09月17日

いろいろあり過ぎました・・・

娘のことです・・・

ここに、何をどのように書こうか・・・と思うと・・・
書き留めておきたいこともいっぱいだったけど、
とても、文章にまとめきれませんでした・・・

ようやく、少し・・・


自分の覚書のような記事ですので、スルーしてください。








昨年3月、無事大学を卒業し、
4月から長年の夢を叶え、公立幼稚園の教諭になりました。
年長クラスの担任になり、それなりに精一杯頑張っていました。
でも、たった3ヶ月で出勤できなくなってしまいました。。。

その短い間に、本当にその人生において、まったく経験したことのないようなことが、
いろいろ、いろいろ、いろいろ、いろいろ・・・・・ありました。

出勤することを、心身が拒否するようになった一番の原因は、
ひどいパワーハラスメントにあってしまったことでした。
それは、出勤第一日目から始まりました。

これだけ書いただけで、やっぱり胸が締め付けられるような感情がこみ上げてきます・・・
もしも、他の園に配属だったならば、今ごろ2年目を迎えていたのでしょうか?
親として、これほどまでに、辛く、悲しく、情けなく、悔しい出来事は、ありませんでした。
早く気がつき、娘を守りきれたことが、せめてもの救いです。


緊張と不安だらけだっただろう、その新卒で新人の一新米教師を、
親の私よりも年上の、同年代の子どもも持つ、園長と主任が、
二人揃って、あたたかく迎えてやってくれるどころか、
「優秀なんやね・・・ 私なんか30歳超えてから、やっと本採用になったのに」と嫌味を言い、
園長は、「何でも主任に全部聞くように。あなたの指導は主任の仕事で、
私の仕事ではないのだから・・・ 私は他の仕事で忙しい」と言い、
その主任は、何も丁寧に教えてやることをしないで、出来ていないことは厳しく理不尽に指摘し、
尋ねれば「今、忙しいのに、そんなこと聞くな」と言い、
見計らって、やっと尋ねれば「聞くのが遅い!」と叱り・・・
例えば、子ども達に野菜の支柱を立てる指導をするという朝、立て方を尋ねると、
「そんなことも、知らんの?!」という返事をしたと言うのです・・・
かなり切れた口調で、威圧的に!!
普通知らんでしょう?と、少なくとも私の周りの人は、みんな言います。
たとえ知っていたとしても、その園独自のやり方があるのかもしれない・・・
少しでも間違っていれば、また理不尽に誰もいないところで責め立てるのだから・・・
何でも先に聞け!と言っているくせに、新人にその返事は、ないでしょう・・・
忙しいのなら、それを言う間に「こうするのよ」と言えば、それで済むことでしょうに・・・
そんな環境では、どんどん萎縮してしまい、本来の自分を出すこともできず、
本当に、毎日毎時間が、針のむしろだったに違いありません。。。

まさか、そこまで酷いとは思わない私は、
いろんな人がいると思うけど、ときには、適当に聞き流したりしたらいいよ。
きっと悪気はなく教えてくれているんだからと、励ましていました。

娘は、もうすでに4月の半ば頃、
わかってるんだけど・・・ 他の先生はいいけど、
主任の先生だけは、本当にちょっと苦手かも・・・と、私にまで遠慮がちに、
とても困った、悲しい表情を浮かべて、ぼそっと、そう言ったことがありました。

その頃から、辛さを押し殺し切れずに、家で珍しく大泣きしてみたり・・・
持って帰る仕事の量も異常で、初出勤の日からずっと、2〜3時間の仮眠しかできず、
身体を壊してしまわないかと、本気で心配するほどでした。
土日にも、こなしきれない仕事をするため、パソコン前にずっと座っていなければならず・・・
その精神的に追い詰められた状態で、身体も休めることができないなら、
本当に、3ヶ月という期間は、限界を超えてしまうのに、充分な期間だったのかもしれません。

おまけに、お決まりのモンスターペアレントまで登場し、
毎日何時間も電話の応対をさせられ、園長と家庭訪問を繰り返し・・・
とうとう、園長もついているにも関わらず、
夜の11時前まで園児の家での話し合いがあり・・・
電車の駅までのバスがあるかどうかもわからないのに、
園長は、先に一人で車で帰ってしまうという・・・
私の常識の範囲では、とても理解できないような事態も起こりました。
今、冷静になっても、駅まで送ってやるという発想すらなかったのかと、
不思議でなりません。

自宅で待っている私も、この日ばかりは、大変な心配をしました。
遅いので家庭訪問かな・・・と予想はつきましたが、10時を過ぎても何の連絡もないし、
もちろん携帯も繋がらない・・・ 本気で探さないといけないのでは!と思い始めたころ、
やっと電話がありました。
そのときの声は、今も耳に残っています。
魂の抜けてしまったような声で「やっと開放された。。。」と・・・
「バスはあるのか?」と聞くと、
「そっか・・・わからない・・・ちょっと見る・・・あ、あるわ・・・」
あんな娘の声を、今までに聞いたことがありません。
家にたどり着いたのは、日付が変わる頃・・・食事もしないで。。。

このときに、それまでのすべてのことが積み重なり、限界を超えてしまったのでしょう・・・

「行かなければならない」その気持ちは、充分に持っていても、
身体も心も、反対の方向への反応を強く示すようになってしまいました。
朝から食べ物も、のどを通らない・・・涙もこぼれる・・・
全身蕁麻疹だらけ・・・
休んでいいんじゃないかと思い、7月のはじめの日・・・
夏休みまで、何とか頑張って行こう!と励ましていたけど、休むことをすすめました。

少し回復したかのような時間が流れましたが、
次の日、やっぱり朝から涙がこぼれ・・・
ほんとうに、泣くと言うより、勝手に涙がにじみ出てくるというような感じでした。
辛そうな表情で、身体も震えているようにも見えました。
ちょうど登校拒否のような状態で・・・
「行く」と言ってはいるけど、とても行けるような状態ではなく、
園まで送ってやろうかと言うと、送って欲しいと言いました。

その日は、懇談会の予定があったので、どうしても休めないと思う気持ちもあったようです。

園までは着いたけど、ますます辛そうな表情になり、握り締めた拳は震え、
とても車から降りることができない状態でした。
「少し泣いてもいいかな」と言うので、
「思いっきり泣いたらいいよ。辛かったら今日も休んでいいよ」と言ったけど、
首を横に振り、両手で顔を覆い「ウワァ〜〜ン!!」と、
何とも言えない声を振り絞るように出して泣き、握り締めた拳で、自分を叩きながら、
「なんでこんなふうになるの?! 行きたいのに!! 行こうと思っているのに!!」と・・・
「怖い・・・ 職員室が怖い・・・」と言って震えていました。
何度も、私がそのように言ってきてやるから、今日は帰ろう!と言ったけど、
首を縦には振らずに、泣き腫らした真っ赤な目をして、
それでも、やっとの思いで車から降りて、一人で園に入って行きました。
帰りもここまで迎えにきてやるからと約束をして、私も辛くて、泣きながら帰りました。

そして、その後、娘の想像通りの・・・
私は、強引にでも連れて帰ればよかったと後悔するようなことが起きました・・・

娘のあの顔を見れば、当然のごとく主任以外の先生方は、
大丈夫?と、とても心配してくれたそうです。その日は、園長は出張でいませんでした。
そうこうしているうちに、主任が出勤してきて、娘を見るなりの第一声は、
「それは、治って来ているの?!」だったそうです。
「少し無理をして、でも懇談もあるし、頑張って来た」と伝えると、
「今日も来なければよかったのに!! そんな状態で来られても、
病気を子どもにうつしてもいけないし、病気が長引いてもっと休まれたら、
こっちが余計に迷惑するのだから!! 
今日は保育が終わったら、さっさと帰ってね!」と、言ったそうです。。。
よくも、そんな鬼のようなことが、言えたものだと、
私は、まだこの話だけは、泣かずに人に伝えることができません!!

娘は、我慢できずにロッカーまで、大急ぎで行き、
立っていられずに、膝から崩れ落ちたと言っていました。
そして、また声を出して泣いてしまったんだそうです。。。

それでも、何とか一日を終え、迎えに行った車に乗ってきた娘からその話を聞いて、
「もう行かなくていいから!」私は、娘にそう言いました。
もう辞めることになってしまってもいいよね・・・そんな決心までして、
次の日、心療内科に連れて行きました。
とにかく休むための、正当な理由が欲しかったからです。

「酷い目にあってしまったね。新卒新採でそれでは、本当に辛かったことと思うよ。
休む覚悟ができているなら、休むのが一番!! とにかくゆっくり休んだらいいよ。
結論は、今の状態では、出さないほうがいいからね。」
医師は、そう言って、すぐに長期欠席のための診断書を書いてくれました。

娘は、そのときにやっと、心からホッとして、救われた気持ちになったそうです。

その日から、娘だけの長い長い夏休み・・・
とうとう、その職場には、戻ることができませんでした・・・
いや、敢えて・・・
娘は、戻るということを選びませんでした。

時間をかけて、心療内科の先生がおっしゃるように、
自然と内から湧き上がってくる、次の行動への気持ちを待ちました。

私は、「訴えたら?!」たくさんの人に、そう言われましたが、
まずは、娘が次にどうしたいのか・・・ それを待とうと思っていました。

娘が出した結論は、戻りたくないほどの失望に値した、その世界からは離れ、
別の仕事がしてみたい・・・ 皆がそうするように、私も普通に働きたいだけ・・・
そして、どうしても子ども達と関わる仕事がしたいと思ったなら、
そのときは、戻ろうと思うかもしれない。と・・・

何度も何度も、話し合いましたが、
その意思がどんどん固まっていったので、3月いっぱいで退職すると決め、
4月からは、就職活動をしました。
この時代、そんな事情の転職が、どんなに難しいのか、
いやと言うほど、思い知らされました。
思うような求人に出会うことすらなく・・・
思いがけず、5ヶ月もの日々を費やしましたが、
幸運がいくつも重なって、ありがたいことに、
ようやく、9月から、新しい職場に通っています。
そこでは、当たり前のことだと私は思いますが、
あたたかく迎え入れていただき、地獄を見てきただけに、
天国とも感じられるほどに、皆さんに優しくしてもらい、
居心地もよく、毎日笑顔で過ごせています。
もちろん、持ち帰る仕事もなく、
ON、OFFが、はっきりしている生活に、
ようやく、将来への希望も感じることができているようです。

まだ半月しか経っていませんが、その違いを比べるには充分です。
以前の職場では、もうすでに、側から見ているだけでも、
異常なほどのストレスを感じていることは、明らかでしたから・・・

それにしても、娘のような経験をする若者は、少なくないと聞きます。
実際に周りでも、本当によく聞く事実です・・・
「今の若いものは・・・」そんな言葉で簡単に片付けられることなのでしょうか?!
辞めていくものが悪い。本当にそんなケースばかりなのでしょうか・・・
ちょうど、私たちの年代の者たちが、
後進を育てるということが、できないのではないのでしょうか・・・
本当に、心の底から、ゾッとする想いを何度もしました。
何か、大切なものを失い、普遍であるはずの大前提が、
大きく歪んでいく社会のような気がしてなりません。
自分だけがよかったら、それでいいというような、個人主義の人が、
増えてしまったのでしょうか・・・
自分も、その一員なのでしょうか・・・

若い人たちが、将来に夢を持てず、一度転んでしまったら最後、
再度立ち上がることすら、困難を極める社会なんて・・・

何か、大きく間違っているように思えてなりません。

私は、この経験と想いを、忘れずにいたいと思います。

娘も、とうてい忘れることなんて、できないでしょう・・・

こんな経験をする若者が、少しでも減っていきますように、
心から祈らずには、いられません・・・

posted by たっちー at 03:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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