2011年01月01日

静かに越年・・・

昨年末には「喪中欠礼はがき」を用意し、
いつも年賀状を送っている方々に、送らせていただいた。
2月に他界した父の喪中を知らせるはがき・・・

その父は、どなたかから喪中の知らせが届いたら、
すぐに通常のはがきを買い求め、おたよりを送っていた。
昔から、ずっと変わらずに・・・
その最後の一文だけは、記憶にある・・・

「どうぞ、お静かに御越年ください」

子どもの頃に、そう書くのだと教えられたような気もする・・・
筆まめな父らしいことと、今更ながらにそう思う。

相反して、筆不精の私は、そのようなはがきを出したことがない。
他には、どのように書くのか、書けばいいのか知らないからだ・・・
教わっておけばよかった。本当にそう思う・・・
別にどのように書いてもいいのだろう。思うままに・・・
でも、そういうときの文章は、なんだか難しい。
特に失礼があってはいけないと、身構えてしまう・・・
そして、最大の失礼をする。書けない、出さない。。。


父の闘病中、医師からの余命宣告、そして亡くなった前後の日々・・・
「私がしっかりしなければ!」自分に、そう言い聞かせていた。
「高齢の母を支え、遠く離れて住む兄の分まで、私がやらなきゃ!」
そしてその想いが、私自身をも支えていた・・・

父の体調が悪くなり、検査結果を聞いたときも、
手術の前後も、そのあとリンパへの転移がわかったときも、
入院が長引いたせいで、父の様子が少し変だったときも(軽く鬱状態?だった)、
そのあとの自宅療養のときも、最期に腹水が溜まった状態となり、
医師から「あと2〜3ヶ月」との余命宣告を受けたときも・・・
いよいよ意識がなくなり、母と二人で最期を見届けた瞬間も、
不思議と、そんなに泣かなかった。いや、泣けなかったのだろう・・・

その後も雑事に追われ、そしてそのまま、
何事もなかったかのような日常が戻ってきた・・・
可笑しいことがあれば、大声も出して笑える・・・
それでいいんだと思った。

そして最近・・・
父を想って涙する日が増えた。
本当に居ないんだと実感する。寂しくて堪らなくなる・・・
逢いたい! 叶わない。。。

私は、たぶん珍しいくらいに父と仲良しだった。
言葉もいっぱい交わした。
手紙もいっぱいもらった。全部は残してないけど・・・
たくさんの時間を共に楽しく過ごした。

いつでも、なにがあっても、最後まで私を理解してくれる。
守ってくれる、最後の砦だと信じさせてくれた。
迷わず助けを求めようと、いつも心にそう決めていた。

その父との別れが、あれくらいの涙で済ませられるはずはなかった。
自分でも、そう思う。不思議に感じるくらいだった。

約一年が経ち、やっと張り詰めていたものが、少し緩んできたのかな・・・
泣ける・・・ それでまたいいのだと思う。

一人で居るときに、心の中で「お父さん・・・」と語りかけては泣けてくる・・・
父の写真をふと目にすると、また泣けてくる・・・

「喪中欠礼はがき」を用意することは、堪えた・・・
泣きながら宛名を印刷した・・・

こうやって、父の死を本当に受け入れていくんだろう。
ずっとずっと悲しいわけではない、笑ったり泣いたり、忙しいことだ!


そんな父が、闘病中に私に宛てて書いた手紙がある。
自分でも、そうは思ってなかったと思うが、最期の手紙となった・・・
まだまだ涙なくしては、読めない・・・
中に書いてあることは、今ここでは話さないでおくが、
宛名を見ただけで、込み上げてくるものがある・・・
中を見なくても、父の想いがひしひしと私には伝わってくる。
こんなふうに宛てたのは、これが最初で最後だ・・・

110101_0232~0001.jpg

懐かしい父の字・・・

この字で残されているものが、いっぱい我が家にもある。
娘や息子に、そして私たち夫婦に宛てた、ちょっとしたはがきや添え書き、手紙・・・

手紙を書くことが、とても少なくなった昨今だけど、
書いて残しておくことって、特別な意味を持つものなのかもしれないと、
またひとつ、父に教えられたような気がする・・・
posted by たっちー at 03:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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