2009年09月28日

入院しちゃった。。。

実父が、半月ほど前から、お腹の調子が悪く、
便秘と下痢を繰り返し、吐き気などもあったりしていました。
病院にも行き、薬も飲んでいたんだけど、食欲がまったくなく、
ほとんど何も食べられない状態が続いていました。
そのわりには、見た目にはまずまず元気だったんだけど・・・
一度検査をしたほうがいいだろうということになり、
昨日(26日)に、市内の検査できる病院へ行きました。
父は今月86歳になりました。
年齢的にも、半月も食べられない状態が続いていることが心配で、
こちらからも入院をお願いするつもりで、ついて行っていました。
でもお願いする必要もなく、即入院でした。。。

最初の診察では、まずは食べられない状態なのが良くないので、
点滴をしましょう。そして食べられない原因を探りましょう。ってことでした。
そして採血とCTを撮ったのですが、
もうこれで、ほぼ原因をつきとめることができました。
父には、完全に絶食の指示が出て、担当医が説明をしてくれました。

大腸の真ん中辺りに、ほぼ塞いでしまうほどの腫瘍(おそらく癌)ができていて、
小腸から繋がっているところからそこまでの部分が、
大きく2倍以上に腫れ上がってしまっていました。
素人の私の目にも、その異常さは、よくわかりました。

治療方法としては、もう内科的にはできることがなく、
外科手術を受けるしかないと言われました。
一番いい方法は、腫瘍からその腫れ上がった大腸を全部摘出すること。
それは大腸全体の約半分ほどの長さになります。
ただ父の場合は、高齢であるということと、心臓にリスクがあるということ・・・
父は21年くらい前に受けた腎臓摘出手術のときに、心筋梗塞を起こしています。
この手術に耐えられるかどうかがわかりません。
入院している病院には、循環器の専門医がいないため、
うちではできないので、転院先を探します。
そちらの病院の医師の判断に委ねましょう。ということになりました。

もしそれができなくても、せめて人工肛門をつける手術をしないと、
もう食べ物を口からは、食べられなくなってしまうそうです。

まさかお腹の中が、そんなことになっていようとは、
まったく想像もしてなかったし、誰も気付くこともできませんでした。
今後のことが、とても心配です。
その歳になって、また大きな手術をしなくちゃいけない状態になってしまったことも・・・

はっきり検査したわけではないけど、後で先生に確認しても、
まず間違いなく癌であると言っておられたし。。。
もう3回も癌で手術しているのに・・・
そのわりには、元気で過ごしてはこられたけれど・・・
でも、でも。。。

21年前の腎盂癌は、本人には告知していません・・・
そういう時代だったのです。
母と兄と私と3人で、父には知らせないでいようと、
病院の近くの喫茶店で話し合いました。
3人で泣いたのを、覚えています。
腎臓片方と膀胱の一部まで摘出する、結構大きな手術でした。
当時狭心症があった父だったけど、耐えられるでしょうということでした。
手術の日1歳の娘を連れて、病院で待っていました。
手術が終わったと聞いたのに、一向に手術室から出てこず、
バタバタと医師や看護師さんが出入りし、何やら緊迫した空気が・・・
何かあったのではないかと、不安も最高潮に達したときに、
やっと出てきた父は、ガーガーと大きないびきをかいていました。
呼びかけには反応するはずもなく、それは寝ているというよりも、
「意識がない」状態でした。びっくりしました。
もう夜も遅く、娘は夫の実家から義母と義兄が迎えに来てくれました。
「何か」が起こってしまったんだ。。。
もう父の意識は戻らないんじゃないかと思え、
娘のベビーカーを押しながら病院の前で迎えの車を待っていると、
涙が止まらなくなってしまって困りました。
手術中に心筋梗塞を起こしてしまったのだと説明を受けたのは、
翌日のことでした。父の意識も戻りましたが、
それから数ヶ月間も、ベッドに仰向けに寝たままで、
身体を起こすこともできなく、胸や背中に激痛が走るという、
見ているのも辛い状態で、治療が続きました。
それでも回復し、幸い特別に抗癌治療もすることもなく、
腎臓がひとつしかなくて、心臓も3分の1は動いていないとは思えないほど、
元気に13年間を過ごすことができました。

ところが今度は、まぶたに癌ができました。
これは、本人が一人で医師から癌であると聞いてきて、
家族は、びっくりしましたが、これまたそういう時代になっていました。
まぶたを取り、それでは目が塞がらないので、
下まぶたを移植して上まぶたを形成するという、珍しい手術を受けました。
眼球もそのままきれいに残せるはずだったのですが、
その癌は、医師もびっくりするような速さで進行し、
手術のときにはなかった、残したまぶたの部分に、
もうできかけていました。
その部分にコバルトを当てなければならなくなり、
時間をかけて、涙が出る機能が失われ、角膜も白濁してしまいました。
その治療は、眼球が痛くて堪らず、本人としては、
摘出してくれたほうがいいと言ったくらい、
長期間に渡る辛いものとなってしまいました。
今も眼球に直接軟膏を塗って潤していないと、かなり痛いんだそうです。

そしてその数ヵ月後、おそらくその癌の転移により、
同じ側の首部のリンパ節に癌が見つかり、
また手術を受けました。

それでも有り難いことに、その都度回復し、
今も各科への通院は欠かせないですが、自力でこなし、
比較的元気に、明るく暮らしていました。

この度は、どうなるのでしょう・・・
また元通りの生活に戻れたら言うことはないけれど・・・

本当に、本当に、祈るしかありません。
父が毎日、仏壇に手を合わせお経をあげ、
私たち家族の無事を、幸せをお願いしてくれたように・・・
今度は、私が・・・
「おばあちゃん」頼むよ〜!!
お父さんを守って!!!お願い!!

posted by たっちー at 02:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/129011446

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。