2011年01月08日

あほ親子(笑)

静かに越年はしましたが、笑う時にはアホほど笑います!

実家での話です。なので私は親子の「子」です。
「親」は82歳(母)、「子」は、もう一人(兄)です。

最近、ちょうど父が亡くなった後すぐくらいから・・・
千葉に住む兄が、仕事の関係で、
またとても頻繁に、実家に泊まりに来るようになりました。
週の1/3くらいは、関西で仕事をしているようで・・・
「帰ってくる」というより「泊まって帰る」って感じなのですが、
それでも、少しは早い時間(夕飯を食べるくらいの)に到着してることがあります。

そんな日には、母から私の携帯にメールが入ります。
「○○(兄の名前)、今日9時ごろ帰ってきますわーい(嬉しい顔)
このメールには、しっかり『裏メッセージ』が読み取れます(笑)
「ドイツゲーム持って、遊びに来ないかなぁ〜グッド(上向き矢印)

「はいは〜い、じゃあ9時ごろに、私も行きま〜す」ってことで、
実家にて、親子3人のゲーム大会のはじまり〜〜♪

今、自宅の玄関には、こんなものが鎮座してます(汗)

CIMG1305-2.JPG

“ドイツゲーム”と呼ばれるジャンルのボードゲームやカードゲームの数々・・・
この専用に買った衣装ケース3個が、満杯になってしまいました〜(汗)

最近は、どこへ出かけるにも、たいていこれを1〜2ケース車に積んで行きます。
それくらい、ドイツゲーム関連の用事が増えました・・・

『ドイツゲーム』 これがまた、面白いのなんのって!!
何を隠そう、私が一番ハマっているのです(笑)
で、母にも紹介したところ、みごとハマってくれました。
それならって、兄も誘って遊んでみました。面白いほどハマってます!(笑)

9時や10時から始めるので、いつも夜中の1時〜2時くらいまでやってます。
なぜか、この3人(母、兄、私)でやると、笑う笑う!!
抱腹絶倒、腹筋崩壊、死ぬ〜〜ってほど笑います。何がそんなに可笑しいんや〜!
「シーッ!、近所迷惑やー!」とか言いながら・・・
今のところ、何とか苦情は来ていませんが・・・(汗)
ほんまに「あほ親子」、父も天国から呆れて見てるわぁ〜〜

この『ドイツゲーム』、なかなかよくできているんですよ!
いろ〜〜んな種類が、びっくりするくらいたくさんあるんです。
どうやら、ゲーム先進国のドイツをはじめ、ヨーロッパでは、
大人の遊び(文化と呼べるほど流行っている)みたいですね・・・
「ビール片手に・・・」みたいな。

でも私は「子ども向け」から入ったので、手持ちのほとんどは、
言わば「子ども向け」が多いのです。
大人向けのは、今少しずつ増やしているところ・・・だけど、
「子ども向け」が好きかも。

「子ども向け」と言っても「子どもにもできる」ってことで、
決して「子どもしか楽しめない」ってことではないのです。
その証拠に対象年齢が「4〜99」とかってなってます(笑)
「100歳には向かないんか?!」っていうツッコミは置いておいて、
この対象年齢の幅って、本当だったらすごいことだと思いませんか?!
それが、本当なんですよ!!
私は、それを検証してる一人ですよ。
同じゲームで4歳とも楽しめたし、82歳とも楽しめました。

この「子供向けドイツゲーム」で、
抱腹絶倒の馬鹿笑いを繰り広げる、実家の「ゲーム大会」
よかったら、皆さん参戦されませんか? 大歓迎ですよ〜〜

今年は、この日本では、まだまだマイナーな『ドイツゲーム』を、
少しでも多くの人に知ってもらい、広めることを頑張りたいなと、
何よりも、私自身がいっぱい楽しみたいなと、そんなふうに思ってます。

実は、私の周りの友人たちも、すでにみごとにハマってくれてます。
波紋のように広がっていく、その中心にいられたら、
こんな幸せなことはないわぁ〜〜ぴかぴか(新しい)

実は、日本でも静かな?ブームはきてるみたいですよ。
『コレクター』と呼ばれる方々の存在も、見逃せないです。
何百種、いや千も超えて、収納兼遊ぶための専用のマンションまでお持ちだとか・・・
夢のような話をネットで拾い読みしては、よだれを垂らしてる私です。

私のこの3ケースでも、50個くらいだから、そりゃあ千個以上もあれば、
家からもはみ出るわねぇ〜〜たらーっ(汗)
許されるなら、その部屋に招いてもらって、一日中その中に座っていたいわぁ〜などと、
これまたアホな妄想に浸ってる私なのでした〜
posted by たっちー at 23:59| Comment(6) | TrackBack(0) | 家族のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月01日

静かに越年・・・

昨年末には「喪中欠礼はがき」を用意し、
いつも年賀状を送っている方々に、送らせていただいた。
2月に他界した父の喪中を知らせるはがき・・・

その父は、どなたかから喪中の知らせが届いたら、
すぐに通常のはがきを買い求め、おたよりを送っていた。
昔から、ずっと変わらずに・・・
その最後の一文だけは、記憶にある・・・

「どうぞ、お静かに御越年ください」

子どもの頃に、そう書くのだと教えられたような気もする・・・
筆まめな父らしいことと、今更ながらにそう思う。

相反して、筆不精の私は、そのようなはがきを出したことがない。
他には、どのように書くのか、書けばいいのか知らないからだ・・・
教わっておけばよかった。本当にそう思う・・・
別にどのように書いてもいいのだろう。思うままに・・・
でも、そういうときの文章は、なんだか難しい。
特に失礼があってはいけないと、身構えてしまう・・・
そして、最大の失礼をする。書けない、出さない。。。


父の闘病中、医師からの余命宣告、そして亡くなった前後の日々・・・
「私がしっかりしなければ!」自分に、そう言い聞かせていた。
「高齢の母を支え、遠く離れて住む兄の分まで、私がやらなきゃ!」
そしてその想いが、私自身をも支えていた・・・

父の体調が悪くなり、検査結果を聞いたときも、
手術の前後も、そのあとリンパへの転移がわかったときも、
入院が長引いたせいで、父の様子が少し変だったときも(軽く鬱状態?だった)、
そのあとの自宅療養のときも、最期に腹水が溜まった状態となり、
医師から「あと2〜3ヶ月」との余命宣告を受けたときも・・・
いよいよ意識がなくなり、母と二人で最期を見届けた瞬間も、
不思議と、そんなに泣かなかった。いや、泣けなかったのだろう・・・

その後も雑事に追われ、そしてそのまま、
何事もなかったかのような日常が戻ってきた・・・
可笑しいことがあれば、大声も出して笑える・・・
それでいいんだと思った。

そして最近・・・
父を想って涙する日が増えた。
本当に居ないんだと実感する。寂しくて堪らなくなる・・・
逢いたい! 叶わない。。。

私は、たぶん珍しいくらいに父と仲良しだった。
言葉もいっぱい交わした。
手紙もいっぱいもらった。全部は残してないけど・・・
たくさんの時間を共に楽しく過ごした。

いつでも、なにがあっても、最後まで私を理解してくれる。
守ってくれる、最後の砦だと信じさせてくれた。
迷わず助けを求めようと、いつも心にそう決めていた。

その父との別れが、あれくらいの涙で済ませられるはずはなかった。
自分でも、そう思う。不思議に感じるくらいだった。

約一年が経ち、やっと張り詰めていたものが、少し緩んできたのかな・・・
泣ける・・・ それでまたいいのだと思う。

一人で居るときに、心の中で「お父さん・・・」と語りかけては泣けてくる・・・
父の写真をふと目にすると、また泣けてくる・・・

「喪中欠礼はがき」を用意することは、堪えた・・・
泣きながら宛名を印刷した・・・

こうやって、父の死を本当に受け入れていくんだろう。
ずっとずっと悲しいわけではない、笑ったり泣いたり、忙しいことだ!


そんな父が、闘病中に私に宛てて書いた手紙がある。
自分でも、そうは思ってなかったと思うが、最期の手紙となった・・・
まだまだ涙なくしては、読めない・・・
中に書いてあることは、今ここでは話さないでおくが、
宛名を見ただけで、込み上げてくるものがある・・・
中を見なくても、父の想いがひしひしと私には伝わってくる。
こんなふうに宛てたのは、これが最初で最後だ・・・

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懐かしい父の字・・・

この字で残されているものが、いっぱい我が家にもある。
娘や息子に、そして私たち夫婦に宛てた、ちょっとしたはがきや添え書き、手紙・・・

手紙を書くことが、とても少なくなった昨今だけど、
書いて残しておくことって、特別な意味を持つものなのかもしれないと、
またひとつ、父に教えられたような気がする・・・
posted by たっちー at 03:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする